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うんどうすきになりたいな

湯舟です。

 

皆さん運動好きですか?

私は好きじゃないです。

 

昔からインドア派で、

外で体を動かすより

家で本を読んだり絵を描いたり

空想するのが好きでした。

 

10代のうちにたくさん運動していたら

社会人になってから楽だったかもしれないな

と今は思います。

 

体力もつきますし、集中力もつきますし

ストレス解消にもなります。

いいことづくしなのだから、

運動嫌いは損だなぁと思ってしまいます。

 

 

20代後半ともなると、運動嫌いでも

体調管理のための運動を考え始めることが

多いのではないでしょうか。

 

休日にわざわざ運動の時間をとることは

なかなかできていませんが

主に通勤時間は気を付けています。

 

例えば駅から家まで15分くらい掛かるので

走るとなかなか運動になります。

ただ、通勤の服なのでちょっと恥ずかしいというか・・・

人目を気にしてしまいます。

 

エレベーターエスカレーターではなく

階段を使ったりもしています。

 

 

ただ、それで運動量が足りていると思えないので

休日も運動したいのです。

 

運動できない主な原因は、

・外に出るのが面倒(天候、外見に気をつかう必要がある)

・運動に時間を掛けるのがもったいない気がする

・運動嫌いツマラナイモチベーションタモテナイ

だと思うのです。

 

それでは、家で、ながら運動であれば、

あるいは楽しくできれば

続く可能性はあるわけです。

 

今のところ、ネットで動画を見ながら

踏み台昇降をしたり

シャワーの後ドライヤーで髪を乾かしているとき

片足で立ってみたりしています。

 

ダンスは見ているのが好きなので

初心者ながらやるのも楽しいのですが

アパートに住んでいるので

流石にどたばた音が迷惑そうで

難しいかもしれません。

 

あとはバイトでポスティングってあるけど

副業でやるのもありかもしれませんね。

運動しながらお金が手に入るので続きそうですよね。

 

 

何気に効果ありそうだなと思ったのは

運動好きな人を身近に作ること。

 

そういう人を見ていたら

運動好きになれるかもしれない。

 

運動好きになりたい。

父方のおばあちゃんと母方のおばあちゃん

お題「おばあちゃんの思い出」

 

父方のおばあちゃんの話をします。

 

ぱっと思い浮かぶ思い出は、片栗粉と砂糖と水(お湯?)を混ぜたおやつを

よく作ってもらってたことです。

 

あと、リンゴをむいて!と催促するとき、

美空ひばりの歌のワンフレーズを歌ったらいいよ!と言われ

毎回歌うたびに喜ばれてました(保育園とか小学生の頃なので)。

美空ひばりが誰かも分かってなかったのですが

とりあえず歌ったら喜ばれるしリンゴ食べられるし

素直に言うことをきいていました。

 

 

おじいちゃんは物心つかないうちに

亡くなっていたので、

近しい人の死の経験は

おばあちゃんが亡くなったときがはじめてでした。

 

小学生のとき、朝学校に行こうとしていたら

今日は学校お休み!と母に言われ

病院に家族で向かいました。

 

おばあちゃんが亡くなって、

でも亡くなるという意味がよく分かってませんでした。

とにかく悲しいことが起こったのだなと思って

泣いていました。

 

おばあちゃんがどんなことをよく話していたのか

あんまり覚えていません。

 

でも優しいおばあちゃんだったのではないかと

思っています。

 

 

母方のおばあちゃんの話をします。

 

母方のおばあちゃんは健在です。

めっちゃ元気です。

 

すごく友だちが多くて、仲間内の中心になることが

多いらしいです。

 

妹(わたしの母のおばさん)が近所に住んでいるのですが

仲が悪く、母にいつも愚痴をこぼしているらしいです。

 

おばあちゃんはすごく訛っています。

話していても、8割くらい

理解できないかもしれません(笑)

 

体温調節の機能がぶっ壊れているらしく、

夏でも電気毛布を使っているらしいです。

 

母が何かのタイミングで

背中を見たときに真っ赤になってて、

低温やけどをしていたことが発覚したことがありました。

 

元気だけどやっぱり病院には定期的に通っています。

 

今年は地元で葬式が多いらしく、母と電話するたび、

どこどこのだれだれが亡くなったと聞かされます。

 

田舎は少子高齢化が顕著ですね。

若いひとは出ていくし、

お年寄りだけ残されていきます。

 

身内が亡くなったらどうするべきか

考えなきゃいけないなって思います。

もう小学生ではないので・・・。

地獄の時間がやってくる

コミュニケーションがだいじ。

わかってます。

 

社交場(笑)に行かなくては

いけません。

 

大きい声が出なくて、

必死に喋ろうとしている人間は

さぞかし滑稽でしょう。

 

しかし今回ばかりは

地獄の場に行かなければ

いけないのです。

 

行ってみたらどうってこと

なかったとなるかもしれません。

 

しかしそれは

わたしの感覚が麻痺して

鈍くなってるからです。

 

そうすることで、

自分の精神を守ってるのです。

 

放っておくと身体のほうが

だめになります。

 

その結果が今です。

 

なんで中途半端に

だめになってしまったのだろう。

 

健常者でもない障害者でもない

中途半端な人間です。

 

障害者でないなら

健常者と同じ努力をしなければ

いけません。

隠れ腐女子は孤独

湯舟です。

 

みなさん、腐女子って言葉はご存知でしょうか。

 

男性同士の恋愛を、傍で眺めて萌えてる女性のことです。

 

私が腐女子になったきっかけは、好きな少年漫画のキャラが表紙のbl雑誌を読んでしまったことです。
小学6年生の頃です。

 

小・中学生の頃は割と自重しないオタクで、非オタの友だちに漫画の好きなキャラについて延々と話していたら、拒絶された経験があり、それ以降は自重しようと、blの話どころかオタク話も封印しました。

 

今は割と一般人でもアニメ、漫画好きがめずらしくなかったりして、生きやすい世の中になりましたね。

 

そうはいっても、いまだにbl話を誰かとできる気がしないのです。
SNSでも同様です。

 

自分の萌えは他人の地雷みたいな言葉も聞いたことありますし、過去の拒絶された経験からか、萌話をするのが苦手になってしまいました。
(拒絶されたのは100%私が悪いです。)

 

というか、自分の性癖を暴露するわけですし、抵抗あるのは変じゃないかもしれませんね…そう思いたい。
腐女子の友だちがいたときもあったのですが、萌話より別の話のほうが安心して話せました。

 

また、一つのジャンルにハマると、結構長い間ハマっているので、まだそのジャンルにハマってるの?!と言われてしまうこともありました。
5、6年とか同じ漫画のキャラを好きだったことありましたね。

 

今は、漫画やアニメ、ゲームって、流行り廃りが激しくて、一応流行のものはチェックしますが、深くハマったりできないんですよね。

 

すごくマイナージャンルか、一次創作(自分で作った漫画、キャラクター)で萌えることもあったりします。

 

やっぱり、他人と共有できる趣味みたいなのが少ないからぼっちなのかな。

 

休みの日何してるの?は地雷ですから。

最近涙したこと【お題】

お題「最近涙したこと」

 

ネタがないのでお題を使ってみる。

 

つい昨日のことですね。

仕事だったのですが

 帰りの電車で泣いてしまいました。

 

ブログの下書きを書いていたのですがね。

 

早死にしても構わないといった内容の文を書いてました。

 

死にたくてもなかなかぽっくり死ぬのは

難しいので、中途半端に体壊さないように

健康に気をつけようという内容です。

 

人によっては顔をしかめるような内容かもしれません。

 

早死にでもいいなんて、

すごく悲しいことを書いているなって

自分でも思います。

 

色んなことを諦めて生きてきて、

生きているのがつらいから

死んだほうがましで

でも苦しいのと痛いのは嫌だから

自殺はしないし中途半端な病気も嫌。

 

そういうことをしょっちゅう考えています。

 

涙が出てくるということは本当は長生きしたいのではないか

という単純な話なのか、自分でもよくわからない。

 

自分の死と同じくらい、考えてて涙が出てくるのは

結婚のことです。

 

たぶんずっと結婚しないで人生終えるんだろうなという予感があって

それでいいやと思っているのですが

周りからそういう話題をふられると

なんだか悲しくなるんですね。

なんでなんでしょうね。

 

孤独死とかは別に平気だと思ってます。

だって死んだ後のことなんて

別にどうでもいいですもの。

 

 

おそらく自己肯定ができないのでしょうね。

 

自分の性格は嫌いじゃないし

今までの生き方も後悔していません。

しかし、他人に誇ることはできません。

 

今まで頑張って生きてきたけど

他人に話しても否定されそうで。

 

みんな頑張って生きているのだから

そんなの当たり前じゃない?みたいな。

 

 

自信を持つ、自己肯定するのが

とても難しい。

 

きっと他人から肯定されたら

それはそれで泣いちゃうと思いますけどね(めんどくさい)

会話能力が衰えてきた恐怖

湯舟です。

 

普段使わない能力というのは

どんどん衰えていきます。

 

とても怖かったのが

昔レジ打ちをしていたときに

領収書など手書きで書こうとするとき

小学生の漢字も書けなくなってたことです。

学校を卒業してから2年とか3年経った頃です。

 

スマホやパソコンに慣れ、

漢字を書く機会が激減したのが原因かと思います。

(病気なんじゃないかという可能性は一旦置いておきます。)

 

スマホ、パソコンを使えば

読みなどぼんやり分かっていれば事足りますし

どうしても分からなければ検索すれば済みます。

故に、いざ手書きで漢字を書こうとすると

こんなに忘れているんだ!と驚いたのです。

 

 

最近気になったのは会話能力です。

 

痙攣性発声障害になってから

以前にも増して人と会話をするのが

億劫になってしまいました。

 

昔から得意というわけではないのですが

会話が途切れても次の話題を出して

沈黙を避けることはできていたのですね。

 

それが、最近は全然話題が出てこないのです。

会話が途切れたら、だいたい相手が次の話題を提供してくれます。

 

わたしこんなんだったっけと怖くなります。

 

正直、今はどんな話題も

そんなに興味がないというか

冷めた感覚で聞いてしまいます。

 

前はどんな話題も、興味をもって聞くのが

得意だったのですが。

 

会話自体に消極的になっている状況が

習慣になってきているのかなと思います。

 

唯一、仕事の話はよく聞きます。

必要な話なので。

 

また、休みの日に引きこもっているのも

よくないのかなと思います。

外に出るとどうしてもお金を使ってしまうときがあるので

避けてしまっているところがあります。

 

行きたくても諸々の事情により行けないとなると

苦しいので、興味を持たないように無意識に

”感度を鈍らせている"のかもしれないと思います。

 

 

とにかくにも、会話、意見をいうことは

なんとか人並にできるようになりたいです。

発声障害だとなかなかハードル高いですけどね。

自分でリハビリみたいなことをする

必要があるかなと思います。

ゆるキャラぺんぎんエルピック

湯舟です。

 

Lpicを今年中に取りたいと思ってます。

 

Lpicってそもそも何かというと、

LinuxOSの仕組みや操作方法などの問題を解いて

合格するともらえる資格です。

 

私は少し前までLinuxも知らなかったです。

windowsは分かると思いますが。

 

レベル1に認定されるために、

101試験と102試験の2種類の試験を

受けないといけないんですね。

一気に受けてもいいし、5年以内であれば

それぞれ別の日に受けてもいいそうです。

 

折角現場にいるわけですし、

ばりばりLinux触る機会があるので

取りたいなと思います。

取らないと怒られますしね。

逆にいえば現場にでもいなければ

いらない資格ですね。

サーバー管理とか、家でやるとか

あんまりない気がします。

 

私は正直プログラミングをやりたくて

ITに興味持ったのですが、

今の環境はめまぐるしくて、正直、

プログラミング案件があっても

限られた時間で処理となると手を出したくないんですよね。

振られちゃったら・・・四苦八苦しながらも

やらなければいけないんですけど。

 

家でプログラミングやればいいじゃんって

自分でも思いますよ?

まぁでもたくさんやりたいことのある中で

プログラミングの優先順位は低いんですよね。

 

今は運用の勉強しなければいけないし、

プログラミングで何を作りたいというのもないので

後回しでいいかという感じですね。

作りたいものを見つけたら勉強するかもしれません。

 

Lpicって、どうやって興味を持ったらいいのかな。

やっぱり現場で使うからというのが

一番モチベーションになるところなんでしょうね。

 

サービスを使う上で当たり前にできていることを

提供するためのものだからなぁ。

 

前よりはちょっと知識が染み込んできたので

無茶ぶりレベルがどんどん上がる前に頑張らなきゃなぁ。

 

残業これから増えるのだろうなぁと思うと

なんだか大変です。